■いかの産地・小木港はここにある!


ogi-port.jpg日本海に突き出した能登半島。
能登半島沖の日本海は、対馬暖流と千島寒流がちょうどぶつかる地点にあたります。

荒々しい印象を与える能登半島・外浦。       そして、穏やかな印象を与える能登半島・内浦。  小木・姫港は、内浦にあります。

毎年、解禁日の6月上旬に、いか釣りの石川船団は、大和碓を中心とした日本海沖の漁場を目指して、ここ小木港から出港していきます。
イカが満載になると帰港し、水揚げ、燃料や食料を積み込んだらまたすぐに出港。
「板子一枚下は地獄」の厳しい日本海沖でのいか釣漁が、12月、1月まで続きます。

 

 

 

■皆さんは、いかの歴史は能登が古いって知っていますか?



(小木港:大型いか釣船出港)

皆さんは、イカの歴史は能登が古いって知っていますか?

能登のいか釣り漁は歴史が一番古く、大正の初期頃、エンジンもついていない和舟で、 風のある時は帆を揚げ、風のない時は5丁の櫓で漕ぎ、いかを追いかけて能登から、北海道の江差、松前、函館までも、いか釣り漁を開拓していきました。

戦後、能登半島の各地(小木、姫、宇出津、七尾、蛸島)から、小さな旧式エンジンを搭載した船120数隻の船団を組んで、函館を基地としていか釣り漁を行いました。

能登で造った船は、造船技術、鉄鋼技術に優れ、少々の時化(しけ)でも漁ができ、さらに仲間同士で漁を競い合ったことなどから、大漁をする優秀な船団として、その頃の能登の漁師たちは”能登衆”と呼ばれ、一目置かれる存在でした。

その後、30トン・60トンと徐々に船も大型化し、手釣りから自動イカ釣り機に移り変わっていき、  現在では小木、姫の100トン以上の船が中心となり、”石川船団”と称されています。

船内には釣ったイカを急速凍結するための急速冷凍設備や、乗組員が生活するためのベッドなど最低限の設備を整え、急速冷凍庫がイカで満載になるまで日本海沖での操業が可能となりました。

毎年6月上旬の解禁日から出港し、漁期中は20~30日に一度イカを水揚げするために寄港し、燃料や食料を積み込んだら翌日にはまた出漁します。こうして12月または1月末まで石川船団のいか釣り漁は続きます。

 

 

■産地にて加工/ 能登半島小木港は、函館、八戸と並ぶいかの三大漁港



(小木港:大漁旗をかかげ出港を待ついか釣船)

「小木」と「姫」という隣り合った小さな漁村ですが、石川県のいかの90%以上の水揚げを誇っています。

当組合は、そんな歴史のある船凍イカ(船内凍結イカ)を新鮮なまま美味しく加工し、皆様にお届けしようと努力しています。


(姫港)

能登半島・小木港は、函館、八戸と並ぶイカの三大漁港です。

その中でも小木の船内凍結いか(船凍いか)は、「小木物」と呼ばれ、業界ではブランド物として高値をつけます。しかし、産地である能登で加工が行われなかったため、ほぼ全てのイカが、直接築地や加工地へ保冷車で運ばれて行きました。

元々、姫港の親方の息子に生まれ、自らもいか釣り船を所有し親方をしていた当組合の創業者は、親方業と並行して、小木・姫港で水揚げした船凍いかを、当産地において加工し、全国に向けて販売を行うことに、初めて取り組み、その事業強化のために当組合を設立しました。

鮮度、品質の良い小木港の船凍いかを全国の方々に知ってもらい、お使いいただくことを当組合の使命とし、先駆者としての誇りを持ち、まじめにイカ商品の開発から製造、販売に取り組んでいます。  創業当時からのこだわりの製法で、下処理から仕上げまで一貫して鮮度重視で行っています。

また小木港沖では、深度320メートルから能登海洋深層水が取水されています。日本海の固有水と言われ、ほぼ無菌で、ミネラルが豊富、水産物の加工に使用すると鮮度保持効果や清浄性がある”深海の海水”をイカの加工や味付けに使用しております。

ブログ記事リン:「出港風景」